ハヤシライスは好きじゃない

ネットの記事は書き捨て。セク・ロマともにA~デミを行き来している人が思ったことをぽいっと書く。セックスは平気だけどキスは気持ち悪い。

不可逆な人間関係

kadokawaから出ている「やがて君になる」、面白いですね。

主人公がAセクっぽいと聞いて読み始めたんですが、私はゆうちゃんより同級生のまきくんの気持ちに近いなぁと思うし、そういう感じで観劇している視点では、さやかちゃん→とうこちゃんが好きです。

作中の舞台が同じ街、高校なんですが、同性愛カップルが3組(片想い込)出て来ると、おお、近い、と思うんですが、これはフィクションにしかないのか、それともリアルでも可視化されていないだけでこんな感じなのだろうか。

 

「相手のことが好きで傍にいたいから、関係を壊さないように気持ちを黙っている」っていうのはどの性別の組み合わせでも、美しいとか純愛、自己犠牲という市民権を得ているような気がするけれど、「(恋愛的には)好きじゃないけど(大切な人だから)離れたくなくて、気があるふりをする」っていうのは美しさとは正反対かな……卑怯とか阿婆擦れとか。う~ん、同じ動機だし表面上は相手に応えてもいるのに、これは自己犠牲にはカウントされないのかな。不思議だ。

 

好きな子の写真を待ち受けにしたい、というのがなんだかすごく……異文化だ……という感じで、自分の顔が美醜とは関係なく嫌いだった私は、過去、誰にも写真を撮らせなかったんですが、結構冷たい仕打ちだったのかなぁなんて思ったりもしました。

今まで恋愛漫画のこういう描写は全部フィクションで、リアルの人間は好きな子の一挙手一投足に悶絶しないし、すれ違っただけでどきどきしない、手を繋いで歩いて手汗がじっとりしてくるのは体温の差と密着している部位にありがちな生理現象では?みたいに思っていたのでまったく自分とは関係のないものとして処理してきたんですが、これを「普通に怒り得る生理的な反応」として読むと、ああなんて人間って面白いんだろう、と思いました。そして、私のこれまでにこういった感情が一切なかったことで、じわじわと恋愛感情のスイッチがないんだなぁと実感していく感じで。

 

なんだろう……可愛くて、美しいんだけど、実際作中でもとうこちゃんはそれを演じているんですが、所謂スパダリでなければ、押せ押せの片想いが美しくならないのかなぁ、何をやってもダメで誰にもモテなくて、顔も普通でハナがなくて片想いをして押して押したら、きっと「迷惑」じゃないですか。

そこの違いって何なんでしょうね。