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ハヤシライスは好きじゃない

ネットの記事は書き捨て。セク・ロマともにA~デミを行き来している人が思ったことをぽいっと書く。セックスは平気だけどキスは気持ち悪い。

セックスという行為

恥ずかしい話をします。そのために開設したブログですから。

(定型文)

 

私が自分をデミロマンティックの恐らくアセクシャルであると自覚してからそんなに日は経ってない。休日に映画を見に行く途中、ふっと淡路駅twitterを開いたら前回の記事で紹介した「ズッキーニって?」のハフポスト日本版の記事が目に入った。すごいタイミングだった。それまで自分をぼやっとしたバイセクシャルだと思ってた、けど、なんか違うなーとも思ってたから。

同性との性的関係をまだ結んだことがなかったから、一度試してみないといけるかどうかわからないな(抵抗がないことと可不可は別の話だ)と思ったから、ビアンバーの場所を調べて行く自分を想像してはピンとこなくて、レズ風俗のサイトを見て、「リバで」とオーダーする自分を想像して、やっぱりピンとこなかった。

見知らぬ人とその場しのぎで会話することと、ビジネスで寝てもらうことと、それが私の人生にどう影響するのか???まったくわからなかった。

私に必要なのは、相手との長い時間だった。

そういえば子供の頃「Hashedちゃんは良いこと言うけど、時間かかるからみんな喋るまで待ってあげようね」と先生によくハードルを上げられた。放っておいてほしい。

 

数か月前に、親友と言ってもいい相手にラインで話を聞いてもらってたんだけども。

(なお恋愛感情はないです。その感情を持ってしまったら私はストレートである彼女を失うしかないし、彼女を失ったら私は生きていけない……かどうかは分からないけど、数年単位で使いものにならなくなるので、恋愛感情を持ってはいけない)

私は他者の好意を獲得する、繋ぎとめるためにセックスという行為を欲しているように振る舞えるし、かといって自分の体が大事じゃない訳じゃないので信頼してない相手とは寝たくないんだけど、『相手が私を好いていることを私が知っている』うえで、『私は相手を信頼している(=恋愛感情が数年後に芽生える可能性がある)』ので『(今はまだ)私は相手に恋愛感情はないが好かれて不快ではないし、一緒にいて心地がいいので、私が恋愛的な行動に興味を示さないことで私との関係の深化を諦めてほしくない』がゆえに、服を脱いで、非常に屈辱的ながら『抱いてください』というポーズを取る。

元々、人間というものの好き嫌いを何で判断しているかって、相手と話していて不快な匂いがしないか(臭い人は一生かけても分かりあえない)、無臭か(興味がわくまで時間がかかる)、いい匂いか(友達)なんだけど、このいい匂いがする人に「貴方のことが好き」と言われた時、私が真っ先に何を考えるかって、いい匂いがするから友達にはなれるだろうけど、まだ好きでもない相手だけど『抱けるかな?』。

シスジェンダー女だけど、相手が異性だろうが同性だろうが、抱けるかどうかで、自分を犠牲にできるかどうかを考えている。例え好きな相手でも、ふわふわ大事にされて優しく抱かれる自分を想像するとぞっとする。性器の凹凸ではなく、体位とかそういう話でもなく。

(たしかに騎乗位がやりやすく屈辱感も少ないので望ましいけれど、正直さっさと終わらせてほしいのでそこは相手の好みに合わせる。天井のシミでも数えてりゃ終わる)

この時点で結構自分がめんどくさい。まあ、キスもハグもセックスも総じて相手に合わせて行うスキンシップの一部としてしか特に興味がないので、別に私が耐えればいいだけの話なんだけど。

逆にいうと、隣で喋っている親友に対してある日突然ふっと「もし私がこの人を抱くとしたらどういうシチュエーションでどう扱うだろう」と考えたら、あとはもう坂道を転がり落ちるように好きになってしまう。それまで容姿も仕草も特に目をひかなかったのに、相手の総てが愛らしく可愛く見えてしまう。だから、なるべくセックスという行為については考えないようにしている。

第一、そこに至るまで5~10年かかるし、相手はその頃には私のことはもう家にある古くなったお鍋くらいの存在に見えているはず。そんな存在に急に好かれたら、恐ろしいんじゃないかと想像する。死角からアイスピックをこめかみにぶっ刺されるのと同じことだ。

 

人と知り合い始めの頃は、いい匂いのする人以外は相手の名前も顔も覚えるまでにすごく時間がかかるし(興味がないから)、いい匂いの人でもやっぱり3,4回は顔を合わせないと名前も顔も覚えられないし、だから発言内容にも特に気を遣わずに適当に喋るから、冷たい、突き放してると言われる。そのくせ、仲良くなって内面とか価値観の話をするたびに「この一言で一生会えなくなるかもしれない」と思う。

それでも聞いてほしくて喋るのは、やっぱり孤独死がいやで、私は寂しくて仕方ないんだと思う。

 

ままならない。

母は最近何かを勘付いているのか、二人きりになるたびに何か訊きたそうな顔をしているけど、私は全く気づいてないふりをして猫動画をスマホで流す。

ありがとうtwitter、ありがとう猫。