ハヤシライスは好きじゃない

ネットの記事は書き捨て。セク・ロマともにA~デミを行き来している人が思ったことをぽいっと書く。セックスは平気だけどキスは気持ち悪い。

二次元になじみがあってよかったとおもう

自分の身に起こる恋愛的イベントの理由とかが分からなかったら、私はもっとボロボロになってたんだろうなーと。

漫画とかアニメで「恋愛」の型が分かってたから、人に恋バナを振られてもなんとなく自分のことみたいに話せたし、相手の挙動から自分に好意を向けているなと察知できた。まあ断る胆力はなかったんだけど。

勿体ない精神に近かったかもしれない。すごく失礼な話だけどね。

 

今でも、恋愛相談を受けると頭の中で二次元に変換して応じたりする。まあ女子の恋愛相談って誰かに聞いてほしいだけだから、私が何言おうとどうでもいいんだけど。

「彼氏と別れたいんだけどどうしたらいい?」って相談にアドバイスしたら半年後にその子は彼氏と結婚してたよーわーすごい。

私!逆疫病神!

私はいわゆる腐女子で、ずっと男の子同士の恋愛描写を好んでしてきた。

でもね、出来上がった漫画を読むと、私、全然キスとかハグとかえっちとか、描いてなかった。告白シーンも全然なかった。でも片想いから始まってた。生死についての価値観を分かち合った男の子同士が、同じ視点で一緒に未来を生きようねって約束する、そんな感じの漫画ばっかり描いてた。

なんだこれ。

BLのLはLOVEのLだよLIFEのLじゃねぇ。

でも読んだ後「なんだかわからないけど、好きです」って言ってくれる人がいたから救われてたし、私はこれを「恋愛描写」だと思ってた。

他人の描いた漫画も読んではいたんだけど、誰がどの話描いてたのか実はあんまり区別がついてなかったんだなぁ。みんなドキドキして告白してちゅーして幸せ。絵柄の区別しかつかなかった。

感想を言ってくれたのに、私はあなたの作品に何も言えなくてごめんなさい。頑張って絞り出したコメントも、何コマ目のAくんの目好き、とかそんなことばかり言ってた気がする。

でも、男性作家さんがドロドロした女性の内面をうまく描くことがあるように、アセクシャル自認の私にも、いつか平凡なかわいい恋愛描写が出来るようになるんじゃないかなって思ってる。

描いてて楽しくなかったら、作風元に戻すけど。

セックスという行為

恥ずかしい話をします。そのために開設したブログですから。

(定型文)

 

私が自分をデミロマンティックの恐らくアセクシャルであると自覚してからそんなに日は経ってない。休日に映画を見に行く途中、ふっと淡路駅twitterを開いたら前回の記事で紹介した「ズッキーニって?」のハフポスト日本版の記事が目に入った。すごいタイミングだった。それまで自分をぼやっとしたバイセクシャルだと思ってた、けど、なんか違うなーとも思ってたから。

同性との性的関係をまだ結んだことがなかったから、一度試してみないといけるかどうかわからないな(抵抗がないことと可不可は別の話だ)と思ったから、ビアンバーの場所を調べて行く自分を想像してはピンとこなくて、レズ風俗のサイトを見て、「リバで」とオーダーする自分を想像して、やっぱりピンとこなかった。

見知らぬ人とその場しのぎで会話することと、ビジネスで寝てもらうことと、それが私の人生にどう影響するのか???まったくわからなかった。

私に必要なのは、相手との長い時間だった。

そういえば子供の頃「Hashedちゃんは良いこと言うけど、時間かかるからみんな喋るまで待ってあげようね」と先生によくハードルを上げられた。放っておいてほしい。

 

数か月前に、親友と言ってもいい相手にラインで話を聞いてもらってたんだけども。

(なお恋愛感情はないです。その感情を持ってしまったら私はストレートである彼女を失うしかないし、彼女を失ったら私は生きていけない……かどうかは分からないけど、数年単位で使いものにならなくなるので、恋愛感情を持ってはいけない)

私は他者の好意を獲得する、繋ぎとめるためにセックスという行為を欲しているように振る舞えるし、かといって自分の体が大事じゃない訳じゃないので信頼してない相手とは寝たくないんだけど、『相手が私を好いていることを私が知っている』うえで、『私は相手を信頼している(=恋愛感情が数年後に芽生える可能性がある)』ので『(今はまだ)私は相手に恋愛感情はないが好かれて不快ではないし、一緒にいて心地がいいので、私が恋愛的な行動に興味を示さないことで私との関係の深化を諦めてほしくない』がゆえに、服を脱いで、非常に屈辱的ながら『抱いてください』というポーズを取る。

元々、人間というものの好き嫌いを何で判断しているかって、相手と話していて不快な匂いがしないか(臭い人は一生かけても分かりあえない)、無臭か(興味がわくまで時間がかかる)、いい匂いか(友達)なんだけど、このいい匂いがする人に「貴方のことが好き」と言われた時、私が真っ先に何を考えるかって、いい匂いがするから友達にはなれるだろうけど、まだ好きでもない相手だけど『抱けるかな?』。

シスジェンダー女だけど、相手が異性だろうが同性だろうが、抱けるかどうかで、自分を犠牲にできるかどうかを考えている。例え好きな相手でも、ふわふわ大事にされて優しく抱かれる自分を想像するとぞっとする。性器の凹凸ではなく、体位とかそういう話でもなく。

(たしかに騎乗位がやりやすく屈辱感も少ないので望ましいけれど、正直さっさと終わらせてほしいのでそこは相手の好みに合わせる。天井のシミでも数えてりゃ終わる)

この時点で結構自分がめんどくさい。まあ、キスもハグもセックスも総じて相手に合わせて行うスキンシップの一部としてしか特に興味がないので、別に私が耐えればいいだけの話なんだけど。

逆にいうと、隣で喋っている親友に対してある日突然ふっと「もし私がこの人を抱くとしたらどういうシチュエーションでどう扱うだろう」と考えたら、あとはもう坂道を転がり落ちるように好きになってしまう。それまで容姿も仕草も特に目をひかなかったのに、相手の総てが愛らしく可愛く見えてしまう。だから、なるべくセックスという行為については考えないようにしている。

第一、そこに至るまで5~10年かかるし、相手はその頃には私のことはもう家にある古くなったお鍋くらいの存在に見えているはず。そんな存在に急に好かれたら、恐ろしいんじゃないかと想像する。死角からアイスピックをこめかみにぶっ刺されるのと同じことだ。

 

人と知り合い始めの頃は、いい匂いのする人以外は相手の名前も顔も覚えるまでにすごく時間がかかるし(興味がないから)、いい匂いの人でもやっぱり3,4回は顔を合わせないと名前も顔も覚えられないし、だから発言内容にも特に気を遣わずに適当に喋るから、冷たい、突き放してると言われる。そのくせ、仲良くなって内面とか価値観の話をするたびに「この一言で一生会えなくなるかもしれない」と思う。

それでも聞いてほしくて喋るのは、やっぱり孤独死がいやで、私は寂しくて仕方ないんだと思う。

 

ままならない。

母は最近何かを勘付いているのか、二人きりになるたびに何か訊きたそうな顔をしているけど、私は全く気づいてないふりをして猫動画をスマホで流す。

ありがとうtwitter、ありがとう猫。

性的指向が複雑すぎる

恥ずかしい話をします。そのために開設したブログですから。

 

ちょっとややこしい家庭環境に生まれてきて、大人になるまで恋愛どころか友人との関係に割く財力と時間の余裕がなくて、それでも細々と両手の指で数えて指が余るくらいの人たちと付き合いが続いていた。

私は自分のことを、行動範囲の狭いヘテロだと思ってた。

ただちょっと性欲が薄くて、相手に抱きしめてほしいとか手をつなぎたいとか、そういう欲求がない奥手な普通の人なんだと思ってた。

「お前はいつまで待っても、恋人としてじゃなく親友としてしか振る舞わない。もう嫌だ」

そう言って振られるまでは、私は普通の人の範囲内にいるんだと思ってた。

相手が『私が性交を持ちたそうにしている』と喜ぶから、性交を持ちかける世間でいう男女の交際において、女はみなそうやって振る舞っているのだと思ってた。

どうやらそうではないらしい。

なるほど、トレンディドラマで「好き」「愛してる」を何度も口にするのは、誇張ではなく、あれが普通だったと。

私はどんな嘘も冗談も取り繕いもしてきたし、何でもしてあげたくて徹夜してでも相手の要求を満たしてきたけど、相手の名前も呼べなかったし、好きも愛してるも口にできなかった。

「死ぬ前に一度くらいは言えるようになるから待って」とずっと謝ってきた。これが普通だと思ってた。けど、そうじゃないらしい。だってそれを理由に、婚約までしたのに振られたんだもん。

 

それから、過去のことを振り返ってみた。

初めて恋愛に関わる行動を起こしたのが12歳。小学校6年生。何となく属していた女子グループ(居心地は最悪だったけれど、1人でいると先生になんやかんやと言われるから隅っこに混ざってた。というか放り込まれた)の子に「6年生にもなって初恋もまだとか遅れてる」と言われ、3日考え抜いて、隣の席で2年間を共にした男子に告白して盛大に振られる。

そりゃそうだ、「別に付き合いたい訳じゃないけど好きです」って言われてもどうすりゃいいんだって話だ。何より友達だと思ってた相手に好意を抱かれてたなんて、ぞっとする話でしょ?

そこから自分でアクションを起こすことなく、言われるままに付き合ってなんだかんだで彼氏が途切れることはなかった。相手に好きになってもらうために、容姿とか成績、運動神経なんて必要なかった(一目惚れでした、という人はいたけど彼の心理は私には理解できない)。男の子も女の子も、話したいことが胸の中に詰まってるから、私は会話でそれを引きだして、黙って聞いて、時々笑って頷けばよかった。

それで友達が増えてハッピーになる! と思ってたけど、実際は男女混合惚れた腫れたの大乱戦だった。

無理です。

所属していたグループを悉く破壊して(今でいうサークルクラッシャーというやつかもしれない)一か所に留まれず、ようやく高校で「私に自分のことを話したがらない子」と巡りあって、今もなんとか友情を保ってる。それ以前の友人たちは全滅した。

「人に優しくしすぎるからだめにするんだよ」と言われたけれど、優しくしないさじ加減が分からなかった。

 

そもそも、付き合ったことがあるのは異性だけだったけど、自分から手紙を書いたり、肌に触れたいと思ったのは、同性だけだったから(付き合うとなると親が悲しんだり、相手に拒絶されるから実行には移さなかったけど)きっと私はバイセクシャルなんだろう、と思っていたけれど、彼らのコミュニティを覗いていて、私の居場所はここじゃないな、と思った。

なんというか、モニターの向こうの見知らぬ人に「仲よくなりましょう」とタウンワークのようにパートナーの募集をする、そのアグレッシブさが理解できなかった。

どこにも拠り所がなくて、一人で生きて孤独に死ぬんだと思った。親にも「結婚する気がないなら、人工授精で子供を作らないなら孤独死しろ」と言われたし。

やだよ!

閑話休題

 

悶々としていたある日、何の気なしに開いた記事で衝撃を受けた。

www.huffingtonpost.jp

以前この記事を読んだ時、私には異性のパートナーがいたし、自分は奥手なヘテロだと思ってたから、「ふーん」て感じだった。

それが、

ミロマンティック(Demiromantic)
上記の「デミセクシュアル」同様に、デミロマンティックの人は、「強い感情的な絆がすでに築かれている関係」の場合のみ、人に対して恋愛感情を抱く。それ以外は、抱かない。

これだ、と思った。

上記の「異性のパートナー」も、私がアクションを起こした2,3人の同性の友人も、いずれも5年近く付き合った親友だった。

 

私は今接客業をしていて、子供の頃から癖になっている「相手の話を聞きだして黙って聞いて、時々にっこり頷く」、これで多くの爆発寸前の爆弾を鎮静化させてきたし、代償としてカウンターを乗り越えて私に触りたくなってしまった異性に家までついてこられたりもした。残念なことに現在進行形である。

財力があり、定職があり、見た目も悪くなくても、私は彼らを全く理解できなくて気持ち悪く思ったし、花や菓子を持ってこられることに対する「女性」扱いにも強い抵抗があったし(私はれっきとしたシスジェンダーの女性だけれど、恋愛対象には「親友」を望むから、性別や目線の高低の全ては不快感に繋がる)、何より嫌悪より前に、もっといい人がたくさんいるのに、こんな人間にハマって可哀想だなぁとしか思えなくて(学生時代は「そのうち飽きるかな」と思って受け入れては失敗してきた)、その私のぐんにゃりとした感じに、彼らはますます庇護欲のようなものをそそられているらしかったし、私はそれが気持ち悪かった。

 

肩を組んで同じ方向を見ている相手と、セックスは私は興味ないけど相手が望むならしてもいいくらいの頻度で、老いて死ぬまで一つ屋根の下で友達同士のまま添い遂げられたら、それ以上に何も望まないのだけど、まあ現代社会では難しいんだろうな。

もし一緒に住んでくれるって友達のうちの誰かが言ってくれたら、私はきっと5年10年後にはその子のことを世界中の誰よりも大事だと思っているだろうし、もしかしたら肌に触れたいと思うかもしれないけど、相手がそれを織り込み済みであるかどうかの可能性を考えると、黙っているべきなんだろう。

 

冒頭で語ったように、私は複雑な家庭環境に生まれた。遠くない未来で、天涯孤独になるのは約束されていて、その時私は「好き」が何か分からなかったから、一人で生きていく覚悟を決めた。

今でも知り合った人たちから、孤高だとか孤独を飼ってるとか言われるのは、その時の私を引きずっているからなのか、それが、デミロマの宿命なのか。

孤独死は嫌だなぁ。